オジャッキョ作戦
ベトナム戦争での作戦が本格的に始まり、彼も参加するようになりました。最初に参加した作戦はオジャッキョ作戦というものでした。この作戦は、国道1号線を北のソンカウから猛虎部隊が南下、南のトゥイホアから白馬部隊が北上しながら、道沿いに潜むベトコンを見つけ出して倒し、占拠されていた国道を奪還するという作戦でした。
オジャッキョ作戦では、ベトナム人の現地通訳官が彼の部隊と同行していたのですが、その通訳官が突然、部隊が捕まえたベトコンをひたすら殴り始めました。彼が「なぜそんなことをするのか?」と聞くと、その通訳官は「私の両親はベトコンに殺され、さらに姉を連れていかれたのだ。何とか復讐したいから韓国語を勉強して通訳官になったのだ」と泣きながら言ったそうです。彼は「お姉さんに会いたいなら、神様に祈ってみなさい」と言いました。通訳官はそれを聞いて毎日祈るようになりました。そして作戦中にある民家を見つけたのですが、1人の女性と子供だけがいて、ベトコンのためのものと思われる大量の食事を作っていました。同僚は「早くあの女性を殺してしまおう」と言ったのですが、彼は殺させずに、通訳官を派遣し事情を聴くようにさせました。すると様子がおかしく、通訳官がその女性と抱き合いました。なんとその女性は通訳官の姉だったのです。姉はベトコンのために働かされていたのです。その後、姉が韓国軍にこの地域にいるベトコンの居場所を告げたため、ここでの戦闘は簡単に勝利するようになりました。祈りが叶い、その通訳官は神様を信じるようになったのです。
ホンギルトン作戦
次に彼が参加した作戦はホンギルトン作戦というものでした。この作戦は、この地域一帯のベトコンを見つけ出して掃討する作戦で、40日以上にわたりました。彼は特攻隊員として行動しましたが、作戦前夜、不思議な夢を見て、捕虜を捕まえる予感がしました。そのため、あらかじめ備えて、落下傘の紐を取って、後ろのポケットに入れて作戦に臨みました。しばらく進むと敵の陣営に到達し、激しい戦闘となりました。手榴弾が投げられ、銃声はすさまじく、あたり一面もうもうと煙が立ち上り、銃に撃たれたのか手榴弾の破片に当たったのかもわからないくらい恐ろしい瞬間が続きました。すると小隊長の「射撃ストップ」という命令が下り、隠れた敵の捜索が始められました。その時、彼の目の前にあった小さな洞窟の中から敵軍の兵士が出てきて、彼に気付かぬまま、そろそろと近付いてきて、前方5メートルくらいの距離で立ち止まりました。その兵士は小さな銃と手榴弾を持っていましたが、彼は、それよりも強力な銃を持っていたので、すかさず「手をあげろ!」と叫びました。その声に不意をつかれ、銃に驚いたのか、その兵士は思わず武器を捨て、両手を挙げて、「命だけは助けてほしい」と懇願してきました。彼は、後ろのポケットに入れておいた紐があることを思い出し、「手を後ろに回せ」と命令して手を縛り、生かして捕虜にしました。その後、この捕虜から敵の陣地状況や武器庫の場所などの情報を聞き出すことに成功し、これによって彼の部隊は誰一人死ぬことなく、大勝利を収めました。彼はこの功績が認められ勲章をもらうようになり、後にその戦いの内容が『ホンギルトン作戦』という戦争映画になりました。この作戦は今でも模範事例として韓国軍で教えられています。
敵同士が平和を成した奇跡
またチャイ山でのある作戦中に、彼の部隊が敵の集団を見つけ、砲部隊が砲撃をしました。ほぼ全滅したことを確認するために、彼ともう一人が派遣されることになりました。この確認作業は非常に危険を伴う任務でした。もし敵の生き残りがいれば待ち伏せをされ、こちらが撃たれる確率が高いのです。しかもこの任務は、彼が自ら志願したものでした。部隊長から「なぜ志願するのか?」と聞かれると、「私が行くことで味方が死ぬことがないからです。私には神様の保護がついていますから」と答えたそうです。
二人は敵の襲撃に備えて銃を構え、慎重に周りを見ながら奥深いジャングルの中、現地確認へ向かいました。ちょっとした物音にも銃を向けながら、いつ攻撃されるか分からない極度な緊張の中を突き進みました。砲撃地点に到着すると、硝煙の臭いと焼けたような臭いが充満し、あちらこちらに数十人の敵が無残な姿で倒れていました。「なんて無残な光景だろう…彼らに何の罪があるというのか…一人一人に愛する家族がいるだろうに、どれだけ悲しむだろうか…神様、一人一人を哀れんでどうか天国で生きられるようにしてください…」彼が瞬間、気を緩めたその時、3~4メートルほど離れた木に隠れていた若い青年が、彼に銃口を向けているのを察知しました。彼は瞬時にそちらに銃口を向け、お互いが銃口を突き付け合う形になりました。至近距離のため、撃てば必ずどちらかが死に、先に撃ったほうが助かる、という緊迫した局面になりました。体を少しでも動かそうものならどちらかが引き金を引く、という状況に陥りました。「撃たなければ、私は死ぬ!!!しかし私は神様と敵を殺さないと約束をしたのだ。私はここで死ぬのか!!」お互いが丸太のように固く硬直し、沈黙が続きました。この間、今までの人生が走馬灯のように思い出されました。その時、心に「銃を捨てて、敵の元へ行き、愛しなさい!!」という声が3回、聞こえてきました。ふと敵の顔を見ると、その青年の顔が同い年くらいの妹の顔と重なって見えました。その瞬間、彼は衝動的に銃を投げ捨て、青年の元へと駆け寄って、抱きしめ号泣しました。「あなたと私が戦って、互いに殺し合う必要があるのか。あなたが私に何をしたわけでもないし、また私があなたにそうしなければいけない理由もないのに、どうして戦うのか!!」と彼はしきりに叫びました。言葉は通じませんでしたが、その感動が青年に伝わり、青年も武器を捨て、お互いに涙を流して抱き合いました。
彼がその青年を見ると、青年が付けていたネックレスに目が留まりました。十字架のネックレスでした。彼もクリスチャンだったのです。そして言葉は通じないながらも、心は完全に通じ合うようになり、お互いに一層抱き合い、号泣して、共に神様を褒めたたえました。
このように、どちらかが死ぬしかない状況の中でも、聖書の言葉を、神様の愛を実践することによって、どちらも死ぬことなく、しかも敵同士が平和を成すという奇跡が起きるようになったのです。
死の間際で神様を求めて一命を取り留めた戦友
彼の戦友の1人に、「神様など信じないで、世の中を楽しむんだ」と豪語している人がいました。その戦友とは訓練所で寝食を共にし、訓練所での兵士番号も彼が9番でその戦友は10番でした。彼はその戦友に「教会に行こう」と誘っていましたが、かたくなに拒んで「俺は世の中を楽しみたい!」と言っていました。
ある日、彼の部隊に作戦命令が出され、彼の部隊は武装して一列となって密林へと入って行きました。彼とその戦友も作戦に参加し、彼の前にその戦友が歩いていました。1時間以上歩いて密林を過ぎると、30度近くある傾斜に差しかかり、兵士たちは皆、這って登っていきました。その途中、その戦友が彼に「前に行け!」と言い、前後の位置を交代して進むようになりました。
くの字に曲がった道に差しかかったその時、「パン!」という銃声が鳴り響きました。皆、すぐその場でカエルのように地面にうつ伏せになりました。すると突然、彼の後ろから叫び声がしました。その戦友の頭に銃弾が当たったのです。衛生兵が駆けつけ、鉄のヘルメットを脱がせると、中で大量出血しており、弾は額を突き抜けて貫通していました。激痛とパニックで暴れまわるその戦友を兵士たちが押さえつけて、包帯で巻き付けて応急治療をし、額を縫ってから平らな場所に寝かせておきました。その戦友の顔は、誰なのか判別できないほどパンパンに腫れていました。出血もひどく、その様子を見ていた 兵士たちは皆「もう助からないだろう…死んでしまうのは時間の問題だろう…」と思っていました 。
その戦友は、もだえながら地面に生えている草をつかんではむしって、爪で地面を掘りながら大声で「助けてくれ!死にたくない!」、また「お母さん!」と叫びました。その時、彼は、とっさにその戦友に駆け寄り、こう叫びました「母親を呼ばないで、神様を呼べ、早く!私も一緒に祈るから!」 その戦友は大声で「神様!助けてください!」と何度も叫び、彼は血だらけになった戦友の頭に手を置いて切実に祈りました。「神様、この戦友が側にいる時に、神様を信じるように導けなかったことを本当に悔い改めます。絶対にこの戦友の命だけは助けてください。必ず生きて消息を聞けるようにしてください」
祈り終えた後、彼の心に「この人は必ず生きる」という神様の声が聞こえました。彼は搬送される戦友に「良かった!神様が助けて下さるそうだから心配するな。苦労はするけれども必ず生きるから 」と伝え、別れました。
1年後、彼の部隊にその戦友から一通の手紙が届きました。「今釜山の陸軍病院にいて治療を受けている。障害を抱えることになったが生きている」 彼は大喜びし、祈りを聞いてくださった神様に感謝の祈りを捧げたのでした。